01.もがき疲れた人魚姫は、やがてその泡に身を委ねる
冷蔵庫ってご存知ですか?うふふ(どうした私!)ご存知ですよね、勿論。
ほら、台所にあるアレです。英語でいうとフリーザ。あ、ドラゴンボールじゃなくて。
一般的に食べ物などを低温で保管したりする冷蔵庫。
物を冷やすため、もしくは寒い地域で凍らせないために使用する冷蔵庫。
この中に隠れたりなんてした日にゃ死ぬから。いや、マジで。
まぁその冷蔵庫は我が家の台所にもあるわけだ。
別に異臭を放ったり(オイ)、漏電とか壊れてるわけでもない(当たり前だ!)至って普通の冷蔵庫が。
……あー、訂正訂正。昨日まで普通だった冷蔵庫が。
今日開けたら中身は全部消えていて、変な色をした不気味な縦型の渦が出来ていました。
ここで私が扉を閉めれば良かったんだよ。今考えると。
でも閉めなかったんだなぁこれが。(どうしてだろうね。自分で怖いわー)
入れておいた食料品とかペットボトルとか何処いっちゃったんだろって思って、その不気味な渦の中にね、手とか突っ込んじゃったわけだ。(よくそんな勇気あったな私!)
でも腕とかずぶずぶと入れてみても何も掴めなかった。
本来なら冷蔵庫にそのまま腕が丸々入ったりなんてしないのに、やっぱちょっとおかしいなとは感じたんだ。(ちょっと?かなりだ、かなり)
ちなみに入れた手とか腕とかちっとも見えず。お風呂にたくさん入浴剤入れた時みたいに。
手も腕もちっきり繋がってるのに渦を通すと見えなくなるみたいだ。
そこで油断もしていたんだ。何にもないからって。
だから見えない私の腕がぐいっと強い力に引っ張られたとき、簡単に身体はバランスを崩したんだ。
目の前に変な色の渦が迫ってきて思わずきつく目をつぶれば何かにぶつかるような感覚は一切なく。
(あの渦の中に入っちゃったんだ)
単純にそう思った。他には考えられなかった。
ぱちっと目を開いた。渦で見えなかった冷蔵庫の先は、機械的な廊下に続いていたようだ。
私の前に長々と続いているまるでSF映画に出てくるどこかのアジトのような廊下。
そのど真ん中にぽつんとと座り込んでいた。
(…………ワープ、とか……?)
自分家の冷蔵庫がワープ出来てこんなとこに繋がっていたなんて驚きだ。
むしろ現実として考えられない。考えたくない。
今更ながらこれは夢かどうかなんて確認をしてみたが、神経は実に残念ながらいつも通りの働きをしてくれた。今回ばかりは有給取って休んでくれてもいいのに。
つまり要約すると、だ。
頬が痛い。(そこかよ!)
ヒリヒリと主張するその痛みはいってしまえば自業自得だ。
自分で抓って自分で痛がって。あ、私の名誉のためにいっておくけど、Mとかじゃないから。
いさぎわるく(そんな日本語はない)誰かのせいにするならば、あの変な渦のせいだ。
つーかそれが何より全てにおける今日最大の原因じゃね?あ、なんか腹立ってきた。
でももっと優しく抓ってみれば良かった。早くも本日二度目の後悔。
いやそれじゃ抓るっていわないか。日本語って難しいねぇ。
(……ってそうじゃなく、)
日本語の問題とか痛いとか痛くないとか(痛いけど!)そんなことよりもっと重要なことがある。
冷蔵庫とか中身が渦だとか変な色だとか不気味だとか閉めなかったとか腕が見えないとか入浴剤とか引っ張られたとかバランスとかワープとか。
それ以上に、もっと重要なこと。
(……ここは何処だ?)
(っていうか、帰れんのか?)
首をかしげて頭を捻っても答えなんて出るはずがなく。
は仕方なしといわんばかりに勢いよく立ちあがった。
それを見計らってかどうなのか、実に迷惑なタイミングで廊下が動き出した。
ガクンッ
「おべっ!」
驚きのあまりの口からは変な声が出た。(うわっハズい!なんだ“おべっ!”とか!)
手すりや支えなど何もない。もう一度は座り込む状態になってしまった。
両手を動く床にぴったりくっつけ、何とか体を安定させる。
この廊下は空港などにある歩道のように平らなエスカレーターのようだ。
それにしては音などしない上、動きは滑らかで無駄に速い。むしろ速すぎる。
(こここわ怖いって!どんなジェットコースターだよ!)
一瞬にして横の壁という壁が後ろに流れていく。
きょろきょろと不審なほどに周りを観察していた(成果は特になかった)は正面を向いた。
そして盛大に顔を引き攣らせた。
(オイ、なんだありゃ……)
この廊下の終点らしいところは壁も天井も広くなっているのだが、そこにはどう形容していいかよくわからない、黄色を強調し何かの顔のように見えなくもない、ドームのような少し薄暗い変わった雰囲気の丸っこい建物があった。(アレみたいだ。ばいきん城。ばいきんまんが住んでるところ)
それに近づくにつれて廊下は段々とスピードを落とす。
そしてそれの前に来るところで見事なほどのピッタリ目の前に止まった。
「は、はは……」
遠目になんとなく見るのと、こうして見上げるようにしてみるのでは迫力が全然違う。
はっきり言ってこうして見ると滅茶苦茶怖かったりする。(建物のオーラが悪の組織っぽい……)
既に動かなくなった廊下に座り込んだまま、はどうにも動けずにいた。
ぷしゅー
(っ!?)
扉が真ん中から左右に分かれて開く。
はその音に大きく肩を震わせて、得体のしれない恐怖を感じながら中を見た。
ここが何処だかわからない。
だから怖い。
でも目が離せない。
それはある意味でリアルなホラー映画。
(……漏らさなかっただけでも十分頑張ったよ私)(何を?とか聞くな!)
建物の中は独特の光がぼうっと暗闇に映えていた。
蛍光灯のようなものではなく、例えばパソコンのような電子機器の光。
それがますますの恐怖を煽った。無意識に眉間に皺が寄る。
「クーックックック、よく来たなぁ」
建物の中の真ん中にあったイスがくるりとの方に回った。
人間のサイズにしては小さめのそのイスに座っていたのは、人間ではないまるでぬいぐるみのような大きさの何か。(目らしき部分がなんか光ってる……怖っ!)
その“何か“から発せられたのは聞いたことのない男の声だった。
「だ、誰?」
「……俺ぁクルル。宇宙人だ」
(あ、意外と礼儀正しい)
その宇宙人はイスから軽やかに飛び降り、ピコピコと可愛らしい音を立てて建物から出てきた。
廊下の明るさによって、光っている目だと思ったのは実はメガネだったことが判明した。
全体的に体は黄色く、お腹にメガネと同じようなマークがあり、大きなヘッドフォンを付けていた。
クルルはの前まで来て立ち止まり、彼女を見上げる。
本来ならそこでもっと警戒するものだろうが、生憎との中の恐怖は驚きと安心感に押しのけられた。
心が落ち着いたせいもあってどうでもいい部分にツッコミさえ入れてしまう。
「最近の宇宙人は日本語が話せるんだ……」
「あ?言語なんざ大した問題じゃねェ。それよりいつまで座ってんだ。
こっちがわざわざ開けてやってんのに中々入って来ねぇしよ」
(……こんなホラーまみれの場所にずかずか入れるわけないだろ!
え?そんなこと出来るヤツってどんだけ馬鹿なの?どんだけ馬鹿なの?(二回目)
決まってるよ大馬鹿だよ大馬鹿!!でも私は大馬鹿じゃないから。
そんなこと天と地がひっくり返って地球が逆回りを始めて昼と夜が逆転しても出来ないよ!
むしろしないよ!心の奥底からしたくないよ!頼まれたってやんねぇよ!
何?開けてやってんのに?誰もそんなこと頼んでねぇええ!)
と、は色々ごちゃごちゃ思って微妙に不快な気分だったが、クルルはどんどん話を続ける。
「早く入れ。床のコードに引っ掛かって抜くんじゃねぇぞ」
そう言ってクイッと親指で建物の中を差し、Uターンしてピコピコと中へ戻って行った。
ダンディな仕草だったが、姿形のアンバランスさによりやけに笑いを誘う。(なんつーか…可愛い)
しかし今は笑ったり(可愛いとか思ったり)している場合ではない。
はクルルを止めようと声を掛けた。
「ちょ、ちょっと!」
「そこにいて隊長やらオッサンやらに見つかると面倒だからなぁ」
「誰だよそれ!ってかここ何処!」
「……クックック、入ってくりゃあ――」
そこで一旦区切る。の方を振り返った。
手は口元に添えられ、背を少し丸めている。
「――教えてやるぜェ」
薄暗い建物の中、またもや逆光でメガネだけが光っていた。
怪しさ抜群だ。この上ない。本当に怪しい。
彼は背を向け歩き出した。ただし独特のトーンで笑い続けながら。
(前言撤回!!全然可愛くない!!)