02.甘い甘い毒林檎はいかがですか?
笑いながら去っていくクルルの姿をしばらく見送っていただが、考え込んだところで安全な選択肢は一つしかなかった。
彼が約束を守る宇宙人なら、付いて行けば質問に答えてくれるらしい。
一人で行動を取るには情報があまりに少なすぎた。
わかったことなんて宇宙人が本当にいるということと、名前がクルルということだけ。
(……仕方無い、か)
やる気ゼロでのそのそと立ち、開けっ放しにしてある入口を通る。
が入ったところでまた音をたてて閉まった。
外の光がなくなり、目に悪そうな電気を頼りに足もとに注意して先へ進んだ。
注意を受けなければ3歩ごとに躓いて転んだところだろう。
床にはこれでもかというくらいにコードで溢れかえっている。
「こっちだ」
声に反応して顔を上げる。
下にばかり集中していて前を見ていなかった。
クルルが右の方へ進んで行く。はその後に続いた。
パッと見、この建物はこれほど広いようには思えなかった。
なんだろう、この異様な空間は。
(いや、いいんだけど。狭いよりいいんだけどね……)
これでは広すぎだ。逆に落ち着かない。
4月から通う学校の体育館くらいの大きさだ。
そこにたった二人。たったの二人。
中央に用意されたテーブルにはご丁寧にケーキとコーヒーがそれぞれ二つずつ。
「さぁてご説明といこうじゃねぇの。お前がここに来た理由からなぁ」
テーブルに配置され低いイスは彼が座るとテーブルに合わせた高さになった。
向かい合うようにして置いてあるイス(こっちはもともと高い)を引き、も座った。
それを見てクルルは満足そうに笑う。
「まずは自己紹介だ。つっても俺は名乗った。お前の番だぜェ」
「……」
「くっくっく、警戒心が足りねェ。無防備で素直すぎだ」
聞いといてなんなのか。
ケチを付け過ぎだ、この宇宙人は。喧嘩を売っているとしか思えない。
(……でも買わないから。絶対買わない)
カチンとしたので冷たい言い方で返事を返す。
「安全度が高そうな受け答えをしたまでだから」
「判断力と悪態は合格ラインだなぁ」
一体何の面接だ。面接なんて受験の時でもう十分だ。
しかも悪態って。失礼にも程がある。
がジト目で相手を見るが、無意味に等しいようだった。まだ笑っている。
(……落ちつけ私。喧嘩は買わない喧嘩は買わない)
さっそく堪忍袋の緒を解こうとしてしまう己の短気さに喝をいれた。
(……でも腹立つなぁ)
クルルはコーヒーを一口飲んだ後、足を組み直しを見据えた。
その様子が先ほどとは違った雰囲気を醸し出す。
「お前がここに来るよう仕組んだのは俺だ。冷蔵庫にちょっと細工をしただけどよ。
ここは地球を侵略するための基地。俺らは軍人。地球を侵略しに来た」
地球の技術では及ばないようなワープの装置を軽いノリ細工した。
彼(ら)は宇宙人で軍人で。ここは基地で彼らのアジトで。
大きな目的は地球を侵略することだと。
これが答え。想像以上に事は深刻なのだろうか。
話しの流れからして、の存在価値が地球侵略に利用するために聞こえた。
一介の武器もない丸腰の女に果たして何ができる。
(かといって地球を救うとかどうでもいいしなぁ……)
本人には何かする気すらないようだが。
「それで?私を来させた理由は何?」
「話しが早ェな。くっく、だが急かすんじゃねェよ。それに……間違ってる」
「……何が?」
「侵略に対する情報収集の為だとかそんなもんだと考えてるだろ?」
(…………)
「違ぇよ。全然違ぇ」
否定したクルルの声はこれまでに比べてどこか悲しそうだった。
少し間が空き過ぎたが一言で相槌をうつ。
「……そう」
「安心したかぁ?言うのもアレだが、簡単に俺の言葉を信じるのも問題だぜェ」
しかしすぐまたニヤニヤ笑いのクルルに戻った。
お返しだと言わんばかりにも負けじとニッと笑う。
「いいの。判断の結果によるものだから」
だって貴方はやろうと思えば私一人くらいどうにだってなるはず。
それなのにしないって事は……そういうことでしょう?
勝手に考えた根拠による自信だった。
その自信は脳から確実な判断を下す重要な材料。
心にゆとりがあるというのは何と頼もしいのか。
「くっくっく。判断力、満点にしてやろうか?」
「……どちらでも」
「お前、家から高校まで距離あるだろ」
「そうだね。でも2時間くらいだよ」
先程の深刻な雰囲気とは打って変わって。
一人と一匹はのんびり世間話に花を咲かせていた。
はこうなる前にいくつか質問をぶつけたが、上手い具合にかわされてしまった。
それならもういいや、と諦めたのだ。
すでに悟りの境地だ。きっと暴れたって、騒いだってどうにもなるまい。
きっと無駄な体力を消耗するだけだ。
そして何より、…めんどくさかった。
用意されていたケーキを食べ、コーヒーを飲み、宇宙人の質問にそれとなく答える。
「ここから通えば1時間かからねぇ」
「へー。近いんだ」
「…………」
「……何」
「お前……」
「?」
世間話が不自然に途切れた時だった。
何処かでバタバタと焦った様子の足音が聞こえてくる。
それは段々と近づいて来て、…止まった。
バァン!!
そして明らかに何かを壊したであろう音が響く。
はその大きな音に肩を揺らす。
「!?……何の音?」
「……お迎えの時間だなぁ」
やや嫌そうにクルルは言う。
は意味がよくわからず、首をかしげた。
(お迎え?)
「ーーーー!!!!!!」
すると大声で誰かに名前を呼ばれた。
聞いたことのある女の女の声だったが、誰だか思い出せない。
その声には焦りと怒りが含まれていた。
「え、何?誰?」
「最終防衛ラインだぜェ」
この宇宙人なら知っているだろう。
そう思って尋ねるが、見当はずれな答えで参考にならない。
「は?」
どっがらがっしゃーん!!
続いて壁が崩れ落ちた。
一体何がどうしたというのだ。
このアジトは現在進行形でテロにでも遭っているのか。
もくもくと上がる土煙がはれたそこには、一人の人間が立っていた。
「ここね!!」
彼女はビシッと言い放ち、両手を腰に当て、の方にズンズン歩いてくる。
の思考回路はショートを起こし始めた。
もう全てがわからない。
従姉弟である、日向夏美。どうして彼女はここにいるのか。
「中々遅かったじゃねぇの」
(同じように連れてこられた…にしてはやけに強気だし、凄い怒ってるし、
二人は知り合いみたいだし…?)
クルルは気軽に怒った夏美に声を掛けた。
彼女はテーブルの傍まで来てバン!と叩く。
コーヒーがこぼれ、皿がガチャガチャ音を立てた。
はただ黙って成り行きを見守る。
「クルル、アンタに何やったの!?」
広い部屋なのでその怒鳴り声にエコーがかかった。
クルルは夏美を見上げ、笑う。
「言う必要はねぇなぁ〜。くっくっく」
「っもういい、行くわよ!」
夏美は聞いても無駄だと判断したらしい。
座っていたを立ち上がらせると、そのまま穴のあいた壁の方へ引っ張った。
はされるがまま、よたよたと動く。
「…………あの、何処に?」
もう口を挟んでも平気だろうか。
先を行く夏美に聞けば、彼女は声を張り上げた。
「ウチによ!本来なら最初から来るはずだったのに!」
まるでそれを誰かが邪魔したかのような言い方だ。
その誰かに当たりそうな宇宙人はヒュウと口笛を吹いた。
「……なに?夏美の家ここから近いの?」
本当に何もかも最初から説明してほしい一心で、は再び質問をする。
夏美は一瞬目を丸くしたが、すぐに元の表情に戻った。
ダン!と床を踏みつけ、指をさし、衝撃の事実を告げる。
「近いも何も、ここはウチの地下よ!」
「……っんなこと聞いてねぇえええええ!!」
今日最大の叫び声がアジト中に響いた。