あの日あの時あの場所で、君だけが僕を見つけてくれた
(それは誰も気づかない悲痛な叫び声が、ようやく届いた瞬間)
砂場、ブランコ、鉄棒、すべり台、ジャングルジム…。
は遊具が多くて知られる近所の公園のベンチに座って項垂れた。
文句も言わず、の後をついてきたザンザスはその横にいる。
日頃から立っている状態の方が長い彼だが、聞いたところによると別に疲れを感じないらしい。
便利だな、とは思ったが、初めて会った時のことが脳裏に浮かんだ。
使い方によっては、便利どころか恐怖の対象だ。実に迷惑千万。
の髪が、そして木々が、風に揺られる。転がっていた空き缶がカラカラと鳴った。
隣にいるザンザスを見なければ、はまるでたった一人でいるかのようだ。
思わず目を細めた。そんなを、ザンザスはちらりと気にした。
からはいつもの覇気が感じられない。
「人が一人と一人いたらなんて言うか知ってる?」
正面を向いたまま、は隣に立つザンザスに話しかける。
内容はいつものように突拍子もないもので、ザンザスはまたかといった顔だ。
「はぁ?知らねぇ」
彼は考えようとする気もないらしい。
そんなザンザスの返答にはぼそりと正解を言った。
相変わらず、前を真っ直ぐ見たままで。
「二人ぼっち」
「バカだろ」
即行で切り替えされた。は口を尖らせる。
無視されるよりはいいが、どうしてこうも貶されるのか。
「…またそういうこと言う」
「事実を述べたまでだ」
「酷っ!」
そこでようやくはザンザスの方を向いた。
自分の目でザンザスが隣にいることを確認するかのように。
そんな表情をされたのは、初めてだった。
大丈夫か。何かあったのか。
そう素直に尋ねることが出来れば、ザンザスはこれまでも、そしてこれからも苦労しない。
に対する心配は人一倍なくらいいつもしている。心の中で。
態度に出ることもあるが、口には出さない。
は少なからずそのことを知っていた。
だから、ぶっきらぼうでも優しいとザンザスを認識していた。
その優しさが注がれているのは、おそらく世界中でだけだろう。
唯一彼に愛される存在。これは到底の知るところではない。
「……ねぇ、ザンザス」
が静かに名前を呼んだ。なんだ、と先を促す。
彼女はいつも驚くほど元気である。今日のような様子では調子が狂う。
ザンザスはそう思った。出来れば常に笑っていて欲しい。
「……独りは寂しいね」
問われているのか、同意を求めているのか。
何とも曖昧なの台詞に返せる答えが、上手く見つからない。
「……さぁな」
仕方がなく、同じように曖昧に言う。それをは肯定と受け取ったらしい。
やはり人はどんなことがあろうとも、独りでは生きていけないのだ。
元は人であった、幽霊然り。魂然り。つまり、ザンザス然り。
「……私は、ザンザスの弱みに付け込んでしまいました」
「……弱みじゃねぇ」
「…でもザンザスは、私がザンザスのこと見えたから追いかけてきたわけで。
そんで今もこうやって一緒にいてくれるわけで。
それは私がザンザスを見ることが出来るからで。
例えば他の人とか、もっと、いい人とか……」
もしも独りが嫌だったというのなら。孤独に怯えていたというのなら。
その隙をついたのは自分でも自覚してなかった能力。
他の人には見えない。己には、彼が見える。聞こえる。話せる。
あの時あの道をが通らなかったら、今頃ザンザスは別の人の隣に立っていたかもしれない。
こんな我儘な自分ではなく、違う別の誰かの隣に。
そしてその人の隣で、孤独を拭えたかもしれないというのに。
はザンザスと出会い、こうして一緒にいられて幸せである。毎日が楽しい。
しかし彼は。彼は本当に幸せであろうか。
自分こそが彼の幸福を一番邪魔してしまってはいないだろうか。
「……初めは確かにそうだった」
あぁやはり。は俯いた。胸が締め付けられそうだった。
どうしてそうなるのかなど、愚問である。
はそれを認めてはいけないことのように思っていたが。
ザンザスは言葉を続けた。
「……利用、してやろうとも持った。だが、気が変わった。
お前だけがオレを見てるなら、それでいいと思った。
他人なんか知るか。お前とオレとの問題にそいつらは必要ねぇだろ」
「……私、ザンザスに逢えて良かったと思ってるよ」
「同感だ」
弱みに付け込んだのではなく、苦しいところを救ったのだ。
ただそれだけのこと。気に病むことなど一つもない。
ザンザスはに、はザンザスに。互いに惹かれあっただけの話。
その惹かれあい方、出会いが最悪だったとしても、必然。運命。
「ありがとっ!」
「!」
は今日初めて笑顔になった。嬉しいと素直に実感した。
だが嬉しいと感じたのはだけではない。ザンザスもそうだ。
安心感と共に、その感情が湧き上がる。笑顔を見ないと心が落ち着かないなんてどうかしている。
このまま抱きしめられたら良かったのに。
それだけを残念に思いながら、本心から喜ぶを見る。
自分の前では仮面を付けず、どこか気高く芯の強い優しげな彼女。
簡単な条件のようで、そういえば今まで出会ったことのない女。
だからこそ。
逢えて良かった。そうが言った言葉は、何よりの幸福である。
すっかり元気になり、勢いよく立ちあがったに続いて歩き出す。
公園は静かで物寂しいが、それを受け止められる余裕が出来た。
すっきりした顔つきで先を進むは、いつものそのもの。
そうやっていつでも笑っていればいい。
ザンザスは願う。
そしてそれが半分くらい自分の為であればいい。
邪心が混ざる彼の心をがいつの日か知るのかどうか。
それは誰にも知ったことではない。