マジョリティに抗する程の勇気もなかった自分(後編)

(世界は一つだと、ずっとそう思っていたのに)




ネットもダメ、電話もダメ。
ザンザスの行動からボンゴレについて調べたいというのは嫌というほどよくわかった。
しかし数少ない手段はどれも失敗に終わり、それによって彼が怒りだすのも確かに無理はない。
が、だからイタリアに行けとまた朝のようなことを煩く言うのはどうか。
状況を考えて欲しいものだ。
金銭的にも、時間的にもそんなすぐに行けるわけがない。
その上はイタリアなんぞに行く気はまるでなかった。

行く気はありませんから。
そう言ってザンザスが納得してくれるなら何度でも言うさ。
は内心自嘲気味みに笑った。
こうなったらでっち上げだろうがなんだろうが、
とにかくザンザスにボンゴレの調べがつかない理由を話すしかないだろう。


「……もうアレだ。SF映画的にパラレルワールドとか
 (ネタとしてはそのくらいしかない)(でも今時小学生でも信じないよね)」


少し考えたけど、このくらいしか思いつきませんでした。
考えた本人が一番ありえないと考えている。
あぁ、きっと一蹴されるに違いない。
はチラリとザンザスを見た。
だがザンザスはが思っていた以上にキョトンとした顔をしている。
それは決して誰かを馬鹿にしているような顔ではなく、本当に驚いているような、そんな表情。


「……なんだ、そのパラレルワールドってのは?」


知らないらしい。
今度はがキョトンとする番だった。まさか知らないとは。
そんなに有名な話ではないのだろうか。
しかし定番でわかりやすく、ベタな展開なのは確かなはず。


「あのね、並行世界のことだよ」
「?わかんねぇよ」


まぁそうだろう。
は端的すぎた説明の返答に納得する。
もっと具体的な例を示さなければそりゃわかるはずがない。


「例えば、そうだなぁ…ザンザスはここに来る前さ、暴動だっけ?起こしたんでしょ?」
「…あぁ」


思い出したくないのか、ザンザスは苦い顔をした。は気にせず話を続ける。


「だったら暴動を起こしてない世界もあるってこと。
 または暴動を起こして、それが上手くいった世界…とか。
 つまり、一つの事柄がいくつもの選択肢によって分裂し、
 それぞれがまた別の世界になってる話。言いかえれば“もしも”の世界。
 で、それらの世界は何かの拍子に突然繋がったりしちゃうらしいです…って説」


は別にオカルト大好きっ子でもなく、SF映画の超ファンでも、
哲学者でも物理学者でもないので、説明におかしな部分もあるだろう。
しかし大体のところはこれで合っているはずだ。
ザンザスはそれからしばらく黙り込み、に問いかけた。


「…だから俺がここにいて、電話が繋がらねぇと?」
「パラレルワールドなんてのがホントにあるならねー。
 そうすればボンゴレってのが見つからないのも理由がつくし」


肩をすくめては言う。
もしも、の話だからこそうやって軽いノリなのだ。


「……こっちの世界にボンゴレは元々ないってことか」


だが、納得しかけている人、約1名。


「まぁ普通にマフィアはいるみたいだけど。
 でもボンゴレはネットでも出ないし?番号もないし?
 つまるところ私の住む世界にはボンゴレがない。ザンザスの世界にはある」
「そうだな」


完璧に納得した人、約1名。
は前後の会話を自分の頭の中でリピートし、おかしなことに気付く。
少なくとも今更、なーんちゃって、なんて言える雰囲気ではない。


「……あれ、なんか丸く収まっちゃった?え、マジでパラレルワールド?」


冗談混じりの言い出しっぺだからこそ焦る。
そんな馬鹿な。


「それ以外他になんかあんのか?」


一瞬間があった。
が驚きのあまり声を出せなくなったためだ。
驚きというか、今にも叫び声をあげそうな表情だが。


「このお兄さんメッチャ信じちゃってるし!意外と純粋だな!」


そして声を発したかと思えばこれだ。かなり失礼である。


「うっせぇ!(純粋ってテメェ…)」











それからずっとお互いにパラレルワールドについて意見を交わし合って20分。
もうすぐ決着がつきそうだった。


「……だったらオレの存在はどうなる」
「ザンザスの存在?」


初めは怒鳴り合っていたが、もう普通に会話の状態だ。
理由は酸素不足による息切れ。
お互いに疲れてしまったのもあるだろう。


「その原理でいくと、あるもんがなかったり、ないもんがあったりすんだろ」
「はい、そうですね」


それは基礎的なパラレルワールドの定義でもある。
ザンザスの台詞には頷き、続きを促した。


「ボンゴレがねぇなら、ヴァリアーがねぇなら、オレもいないかもしんねぇだろうが」
「…うん。または、いてもマフィアじゃないとか」


もしも、の世界では確かにそれは在りうる話だ。
何故ならそこはもしも、の世界だから。


「だがオレはボンゴレヴァリアーのザンザスとしてここにいる」


自分の親指で自分を指差しながらそう言った。
つまり、


「そのザンザスがここにいるからこそパラレルワールドがあると?」
「そうだ」
「(言い切った!?)」


理屈的に納得がいかないわけでもないが、やはり納得しがたい。
そこは現代人として、ある意味仕方のないことである。
は目の前に偉そうに立つザンザスに手を伸ばした。
手は彼を通り抜け、宙を掻き、やはり触れることが出来ない。


「……まぁ最大の証明にはなるかもだけど、…でも証拠のザンザスは透けちゃってるし」
「パラレルワールドから来たからだ」
「宣言!?自分で言っちゃったよこの人!そうなると逆に胡散臭い!ってゆーかアホっぽい!」
「…うっせぇな」


覇気なくそう言った彼は、多少図星だったからなのだろう。
やはり自らパラレルワールド出身発言はどうかと思う。(うっせぇ!)


「そうだ!ネットでザンザスって調べてみよう。何か出るかも。
 こっちのザンザスのこととかね。…ん?最初からそうやれば良かったのか?」
「バカだな」
「じゃあこの考えが思いつかなかったザンザス君は私以上のバカですね」
「……言わなかっただけだ」
「ちょ、言えよ!もし思いついてたんなら言えよ!むしろ言わない理由がわからねぇよ!」
「………マフィアは秘密主義なんだよ」
「はぁ!?秘密主義ぃ!?何、どんだけ秘密守りたいの!?
 アイディアの一つも出さないくらい!?考えること全部秘密!?
 会話も満足に出来ないみたいな!?」
「(確かに)…………(いや、納得するわけには)あのな、」
「もういいよザンザス。ちょっと墓穴掘りすぎだからキミ」
「…………(別に掘りすぎじゃねぇよ)」


ザンザスは不満そうな顔で、プイと横を向いた。
はそれを見て声を出さないように笑った。



そしてその後、結局ザンザスの正体は『パラレルワールドから来た幽霊』ということに落ち着いたのだった。