君がいなけりゃ、の意味もない(後編)

(オレがこの手でお前を守れる日が、来るのだろうか)







バトルはが勝利した。
男の攻撃を受けつつ避けつつ流しつつ、隙をみて一撃必殺を繰り出す。
ザンザスの指示に従うそれは情けなどなかった。
確実に急所を狙ったので、一度食らえばしばらく立ち上がれない。
……痛みが強すぎて。


「うっし!」


男を全て伸し、がガッツポーズをした時、ザンザスはようやく一息つけた。
そして辺りを見回す。男は誰もが股間を押さえて転がり、呻いている。

ちなみにザンザスの攻撃の指示は「そこだ!」や「やれ!」とかそんなもんで、何処になにせよとは言っていない。
男の股間を狙ったのはの戦闘センスからだ。
ザンザスはそれを見て、自分が喰らったわけではないが些か冷や汗が流れたという。

しかし広がる地獄絵図は当然の報いだと思った。
ザンザスに身体が存在したならば、いくら首を突っ込んだのがだといえど、彼女に怪我を負わせた彼らはこんなことでは済まされない。
むしろ済まさない。
もっともその前に、ザンザスがみすみすに怪我など負わせるつもりはないが。

しかし、まぁ、手段はアレとはいえ、が男を倒す姿は実に勇姿であった。
思わず見惚れたのはここだけの話。







ふとザンザスは視界から消えたを探した。
男の様子を眺めているうちにどこかへ行ったらしい。
少し首を動かしただけで目当ての人物は映る。
最初に絡まれていた女を助け起こしていた。
どうやら女は腰を抜かしていたようだ。

それから何か言葉を交わした後、は彼女を背負った。
ちらりとザンザスを見てから苦笑する。
どうせ家まで送るというのだろう。
負傷した腕はもっと労れ。余計酷くなったらどうする。
色々と言いたいことがあったが、それは二人きりになるまで溜めておく。
どうせ言ったところで止めもしないのはわかっていた。
はザンザスと同じくらいかそれ以上にプライドが高く意地っ張りなのだ。

は女を背負ったまま自分の鞄と彼女の鞄を持って、倒れた男を無視し、歩きだした。


その女の家はの家と逆方向だった。
家まで送り届ける頃には抜かした腰も元に戻ったらしい。
しきりに女からお礼の言葉を浴びて、は顔の前で何度も手を振っていた。
腕の手当をと言われたが、断って帰路につく。


そしてようやくの二人っきり。
ザンザスはを説教するつもりでいた。
それがぐだぐだと長くはいかなくとも、何かしら注意しようと決心していたのだ。
どう言おうか考えていると、が先に口を開いた。


「ザンザスは流石、戦い慣れてますって感じだったよね」
「それが本業だったからな」


最も、ザンザスの本業は敵を殺す戦いだが。


「私、こういう喧嘩初めてだったんだよ」
「あぁ。見てればわかる」


初めてなのに躊躇せず突撃していくところが危なっかしい。
ザンザスは思わず胃をさすった。
の側にいると、時折キリリと痛む気がする。
ダメだ。さすっている場合ではない。
彼女に金輪際こんなことはするな、むしろしないでくれと言わなければならない。


「でもザンザスのお陰で勝利!」


ザンザスの心の葛藤に気づかず、は無邪気に喜んでいる。
ザンザスにとって一番の気懸かりである腕の負傷については、まったくもってどうでもいいようだ。
自分をもっと大切にしろ。


「逃げようとは思わなかったのか?」


逃げる逃げない以前にああやって首を突っ込むことを止めてもらいたい。
警察を呼ぶなり、大声を出すなり、他にも手だてはあった。
頼む。その点から反省してくれ。


「最初は思ったけど。なんかそんな雰囲気でもなかったし。女の子助けたかったし。それに、大丈夫かなーって」
「根拠もねぇのに、大丈夫なわけが、」
「いや、ザンザスいるしさ。なんとかなるような気がした」


……説教がちっとも上手くいかない。
先ほどからそれとなくザンザスが挙げる反省点は、なぜか全てにスルーされてしまっている。
それでもどうにかしてに危ないことはするなと釘を差したい。
だが会話をしていると困ったことに嬉しくなってくる。
説教をしようとする気も失せるほどに。


「頼りに、しまくったら迷惑なんだろうけど、今回は本当に助かったんだ、私。
 まさか腕の怪我だけで済むとは思わなかった」


が頼りにしてくれている。
自分は頼りにされている。
ただ隣に居るだけではなく、彼女の助けになっているということがとても誇らしく思えた。
別段誰かに自慢できるわけでもないが、とにかくザンザスにとって幸福なことであった。
しかし、はっと意識を戻し、ビシッと一言でもいいから叱るつもりでザンザスは言った。


「あのな、」


しかしそれを遮っては照れたように笑う。


「ザンザス、……助けてくれてありがとう」


えへへ、とまるで花が咲いたような笑顔。
そしてその笑顔のせいで、ザンザスがに説教をする気は、完全に失せた。


「……いつでも助けてやる」


もしも次に何かありそうなときは、に傷一つないようにサポートすればいいだけだと、そう思いながらザンザスは返事をした。