君が居ることで、僕はの均衡を保っていられる、

(オレの中でのお前の存在は、こんなにも大きい)







ザンザスがの側にいて一番暇だと感じる時間は、――そう、彼女の睡眠時間であった。

学校にいるときや授業中は人目を盗んでコソコソと会話が出来るし、家に帰ってきてからはの部屋で十分に話が可能だ。
しかし、が寝るその時間帯、つまり6時間から8時間ほどは話す相手もなく、実に暇を持て余しているのである。
ザンザスも寝ればいいのかもしれないが、幽霊の彼には眠気というものがないらしい。
暇をどう過ごすのかといえば、壁やドアを通り抜け出来るという幽霊ならではの特技を使って夜の散歩をしたり、の部屋をうろうろしたり、安眠する彼女の寝顔を見たり、とそんなところである。
最後の一つは本人に知れたら仮面でもつけて寝ると言い出しかねないので、ささやかな楽しみとしてザンザスは心に秘めている。


そしてその日はザンザスが夜の散歩に出掛け、その間にたまたま珍しくが目を覚ましたのだった。
ザンザスが夜中に何をしているか聞いたことのあるは、目が覚めたときに彼の姿が見えなくとも不安にはならなかった。
ザンザスは例え夜な夜な散歩に出掛けても、の起床時間頃には戻ってきて、低血圧で寝起きの悪いに「起きろ」と声をかけてくれる。
しかしそんな至って平凡な起こし方ではちっとも起きる様子のないだが、最近はザンザスも考えたもので声掛けのレパートリーがぐんと増えた。
お陰で寝坊せずに起きることができてとても助かっている。
本当に有り難いことだ。

そんなが夜中に目を覚ましたのは、単純に喉が乾いたからという理由だった。
水かお茶でも飲もうと台所へ階段を降りていった。
ぱちりと電気のスイッチを押して明かりを灯し、冷蔵庫を開けコップに飲み物を注ぐ。
ごくりを喉を通ったそれ。
はまるで生き返ったような気分になった。


「っはー、美味しい。……2時か」


時計の短針は数字の2を差していた。
夜中の2時はおばけの時間、幼い頃そんな話をきいたことがある。
だが日中は常にの隣におばけ、もといマフィアの幽霊がいるのだから、恐怖心も薄れるというもの。

顔こそ怖いが、ザンザスは優しい。
英語の宿題は自力でやれと言って助けてくれないにしても、喧嘩に首を突っ込めばサポートしてくれ、朝は起こしてくれ、身に危険が迫りそうな時は教えてくれる。
この前の体育の時間ぼーっとしていたら野球のボールが飛んできて、ザンザスが言ってくれなければ顔面に直撃していたところだった。


(あれは危なかった……)


もはやただのおばけや幽霊ではなくの守護霊かなにかだ。
そしてそれは激しく心強い。




そうやってが一人台所ドリンクバーをしているとき、散歩を終えたザンザスが部屋へ帰ってきたのだった。
出ていくのは勿論の部屋からなので、帰るときも同じ場所だ。
わざわざ遠回りな玄関を通るはずがない。
さして広くも狭くもないの部屋。ザンザスはベッドの上にいるはずの人物がいないことにすぐに気付いた。
そしてさっと顔を青くする。
ザンザスが出ていくときは確かにいた。寝ていた。
それがいないということは――。


(何かあったのか!)


結論が早すぎる。もっとじっくり考えろ。人を勝手に被害者にするな。
そう言ってくれる唯一の人が今はいなかった。
いないからこそ彼は焦っているわけだが。
ザンザスは行方不明者の捜索を始めるべく、最大音量で彼女の名前を呼んだ。


「…っ!!!」


その声はいくら大きくても普通の人には聞こえない。
ザンザスが探す本人しか聞けない声。
台所で悠長に飲み物を飲んでいた彼女は、突然の呼びかけに思わず吹き出した。


「ぐっ! ごほっ、げっほげほ」


ザンザスの耳は小さなその反応を拾い、素早く音もなく一階へ降りる。
明かりのついたところへ行けば、未だむせているがいた。


「……何やってんだ」


激しく心配したにも関わらず、ぴんぴんしているを見てザンザスは気が抜けた。


「……それはこっちの台詞だよ。あんな大声で何?」


口元を拭い、飲み物を冷蔵庫に仕舞って、使ったコップを流しに下げてからはザンザスに向き合った。


「お前以外に聞こえねぇんだからいいだろ」
「確かに近所迷惑にはなってないけどね。でも私がびっくりするから」


はため息をついて文句のように言いつつも、そのあとで「おかえり」と口にした。
そういえばいつも一緒にいる彼に出迎えの言葉を言うのは初めてだ。


「あ、あぁ……」


呆気にとられたような顔をしてザンザスが返答した。
そしてやはり優しい彼は心配そうに(むしろ不審そうに)尋ねるのだった。


「……何もなかったのか?」
「喉が乾いたから部屋から台所に来ただけ。何もないよ、ありがとう」


はもう一回寝ると言い、自分が付けた電気を消して部屋へ戻った。
ザンザスはが潜り込んだベッドの横で、誰かさんが勝手にいなくならないように朝まで見張りをしたとかしないとか。