そんな出会いから始まった



今日は体育がありました。それは別に時間割通りだし、どうってことないんですけど、問題はその後です。もう秋だというのに外はなんだかムシ暑く、私の汗をたくさん吸い込んだ体操着は体育が終わって、机の横に袋に入れて掛けておいたまんま。学校に置き忘れて帰って来てしまいました。


別に次の日でもいいかなーと思って、わざわざ学校まで取りに行くのを何度も躊躇いました。でもやっぱりカビとか生えてきちゃったらってことを考えると、しゃーねぇ行くしかねぇな!そう決断するほかになかったのです。


町中では風紀委員の皆さんがウロウロと巡回中で、風紀委員の力はよっぽどここいらの警察なんかより強いです。まぁ実力として強いのは委員長さんであって、ただの委員さんはお手伝いとかそんな感じなんだよって噂を聞いたことがあります。(副委員長さんは結構強いらしいですけど)まーそうですよね。風紀委員に普通の女の子もいたようですしね。…確か。


あ、風紀委員で思い出したけれど、少し前に並盛の風紀委員が次々に狙われるっていう怖い事件がありまして(しかも一般の並中生も狙われたみたいだったんですねーコレが)、いや、でも今じゃすっかりそれも収まって、安全な並盛なわけです。ハイ。私がこうして忘れ物を取りに行ったって、全然大丈夫。秩序は保たれております。ハイ。もうすぐ学校です。


そう、秩序は保たれて、おりま……ええええなんだあの人。


思わず疑問形にしちゃうくらいビックリなんですけど。思ったよりも秩序保たれてないんですけど。うわ、私不審者を発見しました。明らかに不審者です(たぶん)。周りを見渡しても風紀委員の方はいません。では警察に通報すべきでしょうか。それとも風紀委員に通報すべきでしょうか。はたまた無視するべきでしょうか。……っていうか、風紀委員の連絡先?そんなん知らねぇよ!(逆ギレ)昔、緊急連絡先っていう手紙に書いてあったかもしれないけど、そんなの携帯に登録しなかっ……ああー!携帯家に忘れてきた!そうだ、しまった!学校のカバンに入れっぱだったんだ!


これじゃあ何処にも連絡出来ないじゃん。いいです、ここは黙ってやりすごしましょう。えーと、不審者(らしき人)は黒いスーツを着て、…ん?着てっていうか、黒いスーツの上着を肩から掛けております。まるで我が校の風紀委員長さんのように。そして黒いネクタイを緩く結んでおります。顔にキズもついてます。髪の毛にもなんか色々ついてます。カラフルです。なんでこんなに色々ついてんだこの人?


とはいえ黒いスーツを着込んだ人たちは、時折見かけるます。彼らはいつも団体でいて、金髪の人とかと一緒にいたり、あと隣のクラスの沢田くん…?とかって人と一緒にいたりしてます。特に問題事を起こさないようなので、そういった人たちを見かけると(怖いので)会釈くらいはしてます。向こうも時々気付くと笑顔で(?)挨拶を返してくれます。つまりそれなりにいい人たちです。見掛けより常識があるようです。


でも今回はちょっと事情が違います。不審者は確かに黒いスーツの怖い人です。でも一人でウロウロしているし、なんか日頃見かける人たちとは仲間的な感じはしません。


で、その人がどう不審者かといいますとね、何やら小さな紙切れを見ながらウロウロしているところです。実に困ったところです。本当に。数歩歩いては戻り、逆方向へ行ったと思ったら戻り…。結局同じ場所をさっきからずっとぐるぐるしているのです。これはですね、ハッキリ言って邪魔です。私が通れません。この道は少し細いのです。あんな大幅にウロウロされては横をすり抜けるのだって難しいです。


でも、頑張って通り抜けましょう。体操服にカビが生えたら困りますしね。清潔第一!そんなこんなで私は進みます。不審者(らしき人)は私に気付いておりません。それはそれで助かってますが、もしぶつかって、いちゃもんつけられたらどうしましょうね。どうしようもねぇだろとでも言っておきましょうか。携帯もないし。ってことは助けも呼べねーし。元より、助けてくれるような人とお知り合いじゃありませんけど!


あれ?そう思ってたらなんだか自信が出てきました。よし!これなら通り抜けられそうだ!ガンバレ私!ガンバレ私!ガンバレ私!


ガンバレわた、し……ちょっ、ええええ!!転んだあああああ!!!


いえ!いえ、違います!私じゃない!私じゃない!転んだのは私じゃないです!私じゃなくて不審者(らしき人)!怖い顔のその人はなんと小石に躓いて転ばれました!かなり盛大に音がしましたよ!こういった人も小石一つで転ぶんですね!ああでも痛そう!すごく痛そう!……これって手でも差し伸べるべきなのでしょうか。だって本当に、痛そうで…。な、中々起き上がりません不審者(らしき人)。痛いのかな?痛いのかな?


「あの、大丈夫、ですか?」


話しかけちゃいました!手も差し伸べちゃいました!どうなる私!どうなる?!ヒー、もうどうにでもなりやがれってんだコラァ!(このとき何処かでライフルを使うアルコバレーノの一人がクシャミをしたらしい)


「…………」


不審者(らしき人)は顔を上げると(綺麗な赤い眼をしていました)無言で私の手を払い(失礼だよな!)、何とか自力で起き上がりました。ズボンの膝の部分が少し破けていて、赤い血が流れています。うわわわやっぱり痛そう…。


「怪我、してますけど……」
「構わねぇ」
「……そうですか」


じゃあいいや。これで無事に道を通れるし。そう思って私はその不審者(らしき人)の横を通り抜けようとしました。…が、身体が前に進みません。その上、息が苦しくなる始末。一体どうなって…く、くるしい。


「オイ」
「な、なんで、すか」


途端に楽になりました。あ、死んだわけじゃないですよ。息をするのが楽になったっていうだけで。原因はどうやらこの不審者(らしき人)が、私の制服の首根っこを掴んでいたらしいです。迷惑な!死ぬかと思ったんだからな!とは流石に口に出して言えませんけど。


「並盛中ってのはどうやって行くんだ?」
「……(なんだ)並中をお探しでしたか」


不審者(らしき人)は持っていた紙切れを見せてそう言いました。へー。目的地は一緒なんじゃないですか。だったら一緒に行けばいいじゃん。こんな怖い顔の人でも迷子になるんだという変な安心感から、私は至って普通に「ご案内しますよ」と述べました。不審者(らしき人)改め、黒いスーツのお兄さん(?)はそれが当然の如く、「あぁ」と短く答えました。




***




「ここですよ」
「そうか」


校門の前までしっかり案内した私は、そびえ立つ(?)校舎を指差してそう言いました。お兄さんは校舎を見上げ、納得したかのように頷きます。私はそれに首をかしげましたが、お兄さんはそんなことには気づかなかったようです。


「てめぇはここに通ってんのか?」
「そうです。ここの二年です」
「これから学校なのか?」


お兄さんは私を上からじっと見て、そう尋ねました。制服でいたところからそう思われたのでしょう。でも今日の学校はとっくに終わりました。私は部活にも入っていないことですし。なにより私は学校カバンすら持っていない。


「違いますよ。私はちょっと用事があって来ただけですから」


流石に初対面の人に、忘れ物云々とは言いたくありません。そして私は「それでは失礼します」と言ってその場を去ろうとしました。お兄さんがどんな用事があって並中に来たかったのかはわかりませんが、とにかく私の用事は忘れ物の体操服です。それは教室にあります。まず先に下駄箱へ向かおうか、職員玄関を通らせてもらうか少し悩みました。上履きに履き替えるのが面倒なので、やはりここは職員玄関から入りましょうかね。よし!決まりです。私はペコリと頭を下げ、「それでは」まで言ったとき、兄さんの膝に目がいきました。


「怪我…、本当に大丈夫ですか?」
「……あぁ」


あんまり大丈夫でないような返事でした。普通、学校には保健室という部屋があります。怪我人、病人のための部屋です。勿論、並中にも保健室は存在します。そこの先生はセクハラだとか変態だとかの噂が飛び交っていますが、定かではありません。それはともかく、保健室は別に放課後であっても使えたはずです。私はお兄さんの手を引きました。


「手当しましょう」
「あ?……いらねぇよ」
「でも、放っておくと化膿してしまいますよ」
「…………」


お兄さんは今度は私の手を払ったりしませんでした。私は忘れ物より先に保健室に向かいました。外からも保健室には入れます。コンコン。ノックをしましたが、カーテンは閉まっているし誰もいないようです。保健室の先生もいないのでしょうか。私はドアノブに手を掛けました。ガチャリ。鍵はかかっていません。危ないですね。不法侵入し放題ですね。こんな風に。……って私は不法侵入じゃないですよ!ちゃんとノックもしましたし、何よりここの学生ですしね!!


「どうぞそこに座って下さい」
「…………」


保健室なんて一年の時に一回か二回来た位です。どこに何があるのかなんてさっぱりわかりません。がさがさと目を付けた場所を漁り、記憶を手繰り、ようやく消毒液と絆創膏を見つけました。そして引き出しからソーイングセットも見つけました。やったね、私って運がいい!


「痛いかもしれませんけど、我慢して下さいね」
「…………」


お兄さんは痛そうに顔を歪めましたが、何も言いませんでした。私は膝の消毒を終えた後、ソーイングセットから針と糸を出し、破れてしまったお兄さんのズボンも簡単な補修だけしておきました。それほど器用でない私は元通りになんて神業的なことは出来ませんでしたが、それなりに見えなくもない感じには仕上がりました。これらの作業も、お兄さんはただ黙っているだけでした。気まずいです。


「はい、どうぞ」
「……礼は言わねぇからな」
「構いませんよ」


本当に「礼は言わない」なんて言う人がいるんだと私は思いました。でもそれを言ったお兄さんのちょっと気まずそうな顔が、何だか可愛く思えたので私は笑って返しました。


保健室のドアのところで私とお兄さんは今度こそ本当にお別れしました。別れ際、お兄さんは私の名前を尋ねました。素直に「です」と答えると、お兄さんは「そうか」とだけ言ってスタスタと早足で歩いていくのが見えました。そして私も自分の目的の為に動き出したので、その後どうなったかは知りません。お兄さんの名前も知らないままでした。











「う゛お゛ぉい!いつ帰って来たんだぁ?下見は終わったのかぁ?」
「うるせぇよ」
「あ゛。ボスさんよぉ、ズボンの膝、ほつれてっぞ…う゛いってぇ!!」
「触んじゃねぇ」
「あらん?ボス、アタシが縫ってあげましょうか?」
「いらねぇ」
「ボ、ボス。オレが縫って」
「いらねぇつってんだろ」
「ししっ、破れたズボンなんて捨てちゃえばー?ボスー」
「……いや、これでいい」
「(?よっぽど何か執着があるんだね)」