そんな休日と世界の狭さ(後編)



少年がイスから転げ落ちて一瞬静まり返った店内でしたが、しばらくすればまた元のような活気を取り戻しました。少年は駆け寄ってきたお店の人や同じテーブルの女の子たちに心配されて、少し恥ずかしそうにしながらイスに戻りました。時折こちらをチラチラ見ながら怯えたようにしていたのはたぶん気のせいじゃないと思うんですが、友人にも怖そうと言われた(私も初め出会ったときはそう思いましたし…)ザンザスさんが一緒ですから、そこはまぁ、と流すことにしました。俗に言う、見なかったふりです。でもそう考えると女の子たちはザンザスさんを見ても特別変わった様子でないので、あの、つわものですよね。凄いですね…。


それから席に座って注文をして(私は悩んだ結果、お店オススメのセットにしました!ザンザスさんはコーヒーのみです)、それらが運ばれてくるまで、小学校が同じだったハルちゃん(本名は三浦ハルちゃん)と楽しく盛り上がっていました。彼女たちも美味しいとの噂を聞きつけここへ来たそうです。ケーキ屋さんランキングなんてのも作って、毎月決まった日に色々とケーキ屋さん巡りをしていると聞きました。その中で特に美味しかったケーキ屋さんとケーキだけはちゃんと覚えたので、今度行こうかと思います!


「でも久し振りですね〜。学校が変わってから中々会えなくてハルは寂しかったですよ〜」
「私もだよー。こんな形で会うなんてホントびっくり。なんか凄いね!」
「これは運命ですね!あ、こちらはハルのお友達で、京子ちゃんっていいます。ちゃんと同じ学校ですけど、知ってましたか?」
「ううん。でも見たことあるよ。隣のクラスだよね?初めまして、っていいます」
「私も時々さんのこと見かけるよ。あ、笹川京子です、よろしくね」
「よろしくー。私のことはでいいよ」
「あ、私も京子でいいよ」


京子ちゃんがそう言ったところで私たちの頼んだ物が運ばれてきました。待ってました!いいタイミングです。目の前に置かれたケーキを見て、ついつい笑顔になりました。うん。とっても美味しそう!でもやっぱり別なのにすれば良かったかなぁとか、セットではなく単品で二個くらい頼めば良かったかなぁとか、再度悩んでみたりして。そこで私が顔をあげると正面のザンザスさんとバッチリ目が合って、私は苦笑い。ザンザスさんはそれを見て、仕方がないとばかりに苦笑。色々と見られてたようで、少し恥ずかしいです。


「それでそれで、こっちがツナさんですー!とってもカッコいい人ですよ!」


私がケーキに手をつけると、ハルちゃんが人物紹介を再開してくれました。ジャーン!という効果音をつけたような明るい紹介に反して、された本人は暗い雰囲気を背負っています。カッコいいっていうか、うーん、なんていうかアンニュイ…?学校の噂だと実は凄いとか凄くないとか、騒がしいとかその中心にいつもいるとかそんな感じでしたが、意外と重いオーラの人なんですね…。でもこのケーキ美味しい。


「……ど、どうも。沢田綱吉です…」
「…初めまして。です」

「えっと、…沢田君も並中だよね?京子ちゃんと同じクラス?」
「……あぁ、うん。まぁ…」
「…そう……」
「…………」
「…………」
「…………」
「(え、会話終了?)」
「…………」
「(どうすんの、これ!気まずい!気まずいって!)」
「それからそっちがイーピンちゃんで、こっちがランボくんです!」
「(た、助かった…!)」


沢田君との会話が途切れてしまい、私は非常に困りましたが、ハルちゃんが紹介を続けてくれたので助かりました。スポンジがしっとり柔らかくてふわふわ…。これは生クリームとなんとも相性が良いです。


「(ペコリ)」
「ガハハ!ランボさんだよ!」


沢田君の半分以上泳いだ目が気になりましたが、たった今紹介された二人の子供に目を向けると憎めない可愛さがあって、なんとも和みます。ケーキの効果と相乗されて、店中にピンクのオーラが飛び交いそうな感じです。


「えー?なぁに?誰かの兄弟?」
「違いますよー。ツナさんの家にお泊りしてる子です。でもウチにもお泊りしたことあるんですよ」
「へー。いいなー。かわいい!」
「でしょでしょー?それで、ちゃんと一緒のそちらはどちら様ですか?」
「!?」


ハルちゃんが私に聞いた時、沢田君がものすごく反応していました。肩が跳ねていました。え、どうしたのかな?もしかし(なく)ても知り合いなのかな…?とりあえず私は紹介をすることにしました。沢田君の凄い量の汗が気になります。


「あ、彼はザンザスさん。少し前からお世話になっている人なの」
「そうなんですかー。てっきり恋人かと思いました〜」
「ブッ!!」
「え、」


さらっとしたハルちゃんの台詞に(私が思わず聞き返すよりも早く)沢田君が噴き出しました。私は驚いて彼を見ました。


「ちょ、ツナさんどうしたんですか!」
「ツ、ツナくん大丈夫?」
「ゲホッ、ゴホッ!」


そして激しくむせる沢田君。完全に涙目です。あれはたまたま偶然あの場面で噴き出したのではなく、何か彼にとって噴き出すほどの要素があったのだと思います。沢田君、重いオーラながら、かなり変わった人ですね…。面白いというか、騒がしい種という噂は嘘じゃないとわかりました。彼はまだ咳き込んでいます。飲み物が変な所に入ってしまったようです。っていうかハルちゃんの台詞は沢田君がそんな噴き出すほどのことだったんでしょうか?ある意味それって酷くないですか…?


「……沢田君どうしたのかな…?」
「さぁな。何かあったんだろ」


ぽつりと言った独り言にザンザスさんが言葉を返してくれました。沢田君が軽い呼吸困難な状態になっていても、クールなザンザスさん。あ、なんだか沢田君の呼吸がもどってきたみたいです。


「……ところでザンザスさん、沢田君とお知り合いなんですか?なんか沢田君、最初すごい驚いてましたけど」


っていうか、驚きすぎてイスから転げ落ちていましたよね。


「……まぁ知らないわけじゃねぇ」
「あー…顔見知り程度ってことですか」
「そんなもんだ」
「!!」

ガッ、ガシャン!

ようやく咳が落ち着いてきた沢田君がカップを倒してしまいました。顔色が真っ青です。すでにカップの中身はカラだったようで、こぼれることはありませんでした。不幸中の幸いです。でも沢田君、さっきからずっと挙動不審ですね…。流石の私でも怪しいとわかりますよ、コレは。そんなに反応するほど、過去にザンザスさんとなにかあったんでしょうか。


「……っていうか、ハルちゃんの発言、否定し損ねました…。すみません」
「……しなくてもいいだろ。そう思わせとけばいい」
「!…ザンザスさんはいいんですか?嫌じゃないんですか?」
「……嫌なのか?」
「いえ、私は嫌じゃないですけど、でも…」
「だったらいいじゃねぇか」
「……!」


それを聞いてから、紅茶の味もケーキの味もわからないくらい、私の心は別なところへ行ってしまっていたようです。沢田君がまた何か反応したようですが、私の記憶にありません。(ハルちゃんが「もー、ツナさんさっきから一体どうしたんですか!」と怒ったような声は聞き取れました)あれ、と気づいた時には既にケーキは完食していて、お皿は空っぽでした。微妙に残念です。嬉しいけれど残念です。舞い上がりますが落ち込みます。


食べ終わったということで、私たちは退席することにしました。っていうか、私たちがいてはみんな(主に沢田君)がゆっくり出来なさそうでもあったからです。元々相席としてお邪魔したわけですし、妥当な判断だと思いました。


「それじゃあお先に。どうもありがとうございました」
ごほっ……いや、こちらこそ…」
ちゃん、もう帰っちゃうんですかー?」
「ん、ごめんね。でもまた会おうよハルちゃん」
「…はいぃ〜。約束ですよー!」
「京子ちゃんも、また学校で」
「うん。それじゃあ、また」


再び咳き込む沢田君の呼吸が心配になりましたが、私とザンザスさんはその場を後にしました。



****




「ケーキも美味しかったし、友達にも会えて、それから…。と、とにかくとってもいい一日でした!」
「何よりだ。良かったな」
「はい!」


自分の中でも認識するのがちょっと恥ずかしいというか、もし自意識過剰だったら嫌だなと思いながら最後を濁し、ザンザスさんにお礼を言いいました。ポンと頭を撫でられ、心臓が口から出そうで、いや、体を巡る血液が全て沸騰しそうなんですがどうしたらいいですか!とりあえず私は顔が赤くならないように奮闘努力中です。現在進行形で。隣で平然としているザンザスさんを心底尊敬します!


ところでいつもならザンザスさんとお別れする辺りに来ても、ザンザスさんは私と一緒に歩いてくれています。あれ?なんで?あれ?いつもお別れする地点をたった今通り過ぎましたが、それでも一緒に歩いてくれています。…あれ?


「?……あの、」
「家まで送る」
「いっ、いえ!そんな…!」
「少なくとも友人には公認となったわけだ。別に構わねぇだろ」
「!!…じゃあ、お願いします…!」


今なら空に向ってスキップ出来る気がします!自意識過剰じゃなかったようです!ですから、そんな内心ハイテンション(少し外に漏れ出してる気もしますが)な私と(いつでもクールな)ザンザスさんをばっちりしっかり見ていた同級生がいたことに、私はこれっぽっちも気付きませんでした。


「!……オイ、あれって……」
「……ザンザス、だな。間違いなく……」
「どこ行く気だ…?」
「…ってか、女連れ…?」


その同級生は友人のゲージを満タンにさせた(本人たちにそんな意図は微塵もなかったが)二人だったとか。二人は驚いて立ち尽くし、その後ハッとなってある人物の身を案じて某カフェへ全速力で向かったとか。某カフェではこの上なく疲れた顔で遠い眼をした少年がいたとかいないとか。…まぁ私の知らない部分での出来事ですけれど。











「おい、ツナ」
「なっ、なんだよリボーン!っていうか、今日ザンザスが、」
「ザンザスの話なら聞いてる」
「聞いてるって、だったら早く言えよ!今日はみんないたんだぞ!もし何かあったら、」
「ザンザスはリング戦の後一回イタリアに帰ったんだ」
「いや、今日いたから!カフェで隣の席だったから!!」
「でも嫁探しに戻って来たらしい」
嫁!?なんで!?っていうか日本で!?」
「そんで嫁はもう決まったらしい」
もう決まったの!?…え?!じゃあザンザスと一緒だった、あの、」
「だが嫁本人に了解は取ってないらしい」
「ダメじゃん!!それ嫁じゃないし!!って、さっきから語尾が曖昧だな!」
「聞いた話だからな」
「誰に!?」
「家光だぞ」
「父さんんん!?」
「ツナ、さっきからお前うるせーぞ」
「誰のせいだよ!!!」