姿は黒いそれのまま、先ほどと同じ少年の声で話し出したポケモン― ミュウツー ―に再度驚く。
目を見開き、ゴクリと唾を飲み込んで出た言葉は、叫んだように大きいものだった。
「……おまっ、ミュウツー!?」
その叫びを聞いた黒いミュウツーも驚いていた。
残念なことにその驚きどころはとは激しく異なっていたが。
「! よく知っているな。学者でも目指しているのか?」
「め、目指してない!っていうか、なに? もうなんなの!?」
の頭はすでにオーバーヒートしていた。
冷やして落ち着く必要があるが、目の前の黒くて話す元少年を見るとそうもいかなくなる。
そして彼が冷静であるが故になかなか頭の中で絡んだ糸が解けない。
急いで解こうとすると、さらに絡まって固結びになってしまい、焦りが生じる。
わたわたし始めたを見て、黒い小さなミュウツーは尻尾をゆらゆらと動かした。
尻尾は体の黒に比べて少し薄い黒であるが、灰色ではなかった。
「……そんなに騒ぐことはなかろう。ポケモンを知らないわえではあるまいし」
「だっておま、ポケモンって!知ってるけど、知ってるけど、いや知らねーよ!知るか!」
「どっちだ」
「なんでここにいる!」
「……先も言っただろう。研究所から逃げ出して、気付いたら、」
「ちがっ、そうじゃない!……ゴメン、ちょっと深呼吸」
大きく息を吸い込んで吐いた。もう一度吸い込んで、吐く。そしてもう一度それを繰り返した。
小さなミュウツーは音もなく少年の姿に戻り、ソファに腰掛けた。
もゆっくりとソファに座り、紅茶を流し込む。
喉を通った液体は温かかったが、頭は少し冷えた気がした。
ゴホンッと咳払いを一つして、「あのね、」と話し始める。
「ポケモンっていうのは空想の世界で、実際には存在しなくて、所詮ゲームやアニメの世界で、
だから君がどうしてここにいるのかっていうとを考えてたの。つまり、うーん、科学は進化したってことなのかな。
ポケモンの実体化なんてニュースでも聞いたことないけど……」
記憶の全てを引っ張り出して検索するが、やはり生憎とそんな情報はなかった。
もしぬいぐるみや新作ゲームではなく、歴とした生き物でのポケモンが世の中にいるという話を聞いていたならば、
幼い頃からポケモンが好きなが忘れるはずがない。
「わたしは今回初めて研究所の外に出た。外のことはよくわからない……」
少年はの話を聞き、納得した上で、その謎解きの協力が出来ないことを申し訳なさそうに呟いた。
は少年を安心させるようにへらりと笑う。
誰かが事実を隠しているということだろうか。
世間に出さず、そうしなければならない理由があるということだろうか。
は思考回路をフルに活用して考え始めた。
「その研究所が秘密裏にポケモンの実体化をしているのだとしたら、話が通じなくもない……か?
違法な手を使っているなら尚更だ。世間に発表すると色んな意味でうるさいから、
こっそりやって成功したら誰かに売って足を残さないようにする、とか」
少年の話を辻褄が合うようにするならば、そうとしか思えなかった。
「で、まぁそんな生活が嫌で少年は逃げ出してきたと」
そう繋げる。と目が合った少年はこくんと小さく頷いた。
「いくらポケモンといえども、わたしは意志があり、生きているのだ……」
本当に驚くべきことだが、ポケモンが世に存在するという事実を信じないわけにはいかない。
が今いるのは夢の中でなく現実で、その現実ではポケモンを名乗る少年がミュウツーになった。
これを確かなことだと認めるのは、にとって簡単なことであった。
頭の中の常識という観念を少し変更すればいいだけの話だ。
問題なのは少年のことである。
予想でしかないが、これまで実験体モルモットのような扱いを受け続けてきて、
それから逃れるため空腹で倒れるほど必死になっていた少年に、これからの行き場などあるとは思えない。
だが人体実験のような、大がかりとも思える犯罪組織の子を長くここへ置いていては、自分の身の安全が案じられる。
組織の者が躍起となって少年を捜している可能性は大だ。
少年に発信機が付けられていることも考えられる。
そうなればここが見つかるのは時間の問題だ。
少年の手助けはしたい。しかし自分の身を危険に晒すわけにはいかない。
亡き両親に誓ったのだ。二人の分まで生きると。
警察や救急隊などは民間人の味方とはいえ、所詮公の仕事。
彼が捕まってしまうということも十分に考えられる。
―― どうするのが得策か。
暗い表情でが悩んでいると、少年がそっと口を開いた。
「……頼みがある」
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