少年が飲みきったカップを皿の上に戻す。がお代りを問えば是非との返事がきた。
再びカップに紅茶を注いで、は目を伏せた少年を見やる。
「ところで貴様はわたしがとても高値で売れるとしたらどうする。誰かに売りつけるか?」
「……いきなり怖いな君は!」
少年が少し俯いた顔を上げたと思ったら何の脈絡もないような怖い話。
ある意味夏の怪談より発想が怖い。
「誰かって誰に? っていうか売らないよ!売るわけないでしょ」
突拍子もない少年の疑問に反論し、彼は自分をどういう目で見ているのかと怒りを込める。
まったく失礼ではないか。
そんなをよそに、少年はポカンと呆気にとられたような顔をした。
「……売らないのか?変わり者だな」
「……まさか君に言われるとは私もびっくりだよ」
「研究所の人間は、いや、その周りの人間もそうだが、わたしが使えるモノだと考えた。
そのために飼われていた。実際、既にに何体かは研究を終え、どこかに売り払われた奴もいるという」
「……」
まるで何かのドラマやテレビの中のような話である。ひどく現実離れしているように感じた。
正直とても信じられないというか、どちらかといえば信じたくない。
だが少年がを見ていると、嘘を言っているようには思えなかった。
むしろこんな大がかりな嘘をつく方がおかしいだろう。
日本で人身売買は法的に禁止されている。人権がある国で、それをモノ同然に扱うなど許されない。
それでも絶対に行われていないとはいえないだろう。
何処にでも法の穴を潜る人はいるものだ。そしてそんな人は、きっと一人なわけがない。
少年が親を知らないのは、孤児かそれとも誘拐されたか。
だが名も知らないまま育った環境からして、孤児と考えるのが妥当だろうか。
勝手にそこまで思考を巡らせ、これ以上この話題を続けてはいけないと思った。
少年が聞いてくれというならまだしも、他人であるは踏み込んで良い範囲を明らかに越えている。
「……なんか、ゴメン」
は素直に謝り、座ったままであったが頭を下げた。
それを聞いて少年はまたポカンとした顔をした。
おかしい。自分はそんな変なことを言った覚えは、ない。はずだ。
「何を謝る必要がある?」
「私の質問で気を悪くさせたから…?」
少年はこれまでのことを気にしていないのだろうか。
は彼のペースについて行けず、語尾が疑問形に終わる。
「まるでわたしを人のように扱ってくれるのだな」
優雅に紅茶を飲んだ少年はかちりと軽い音を立ててカップを置くと、困ったような顔をして笑った。
しかし、本当の意味で困ったのは私の方だった。
「……まるでって、君は正真正銘“人”でしょうに」
「? わたしは人ではないぞ」
「……」
困ったどころではなかった。の眉間に物凄い勢いで皺が寄った。
「……人じゃないって、どういう……あ、なんか超能力があるとか?
人とちょっと違うって意味で?だから電話が切れるとかどうこう言ってたの?」
「違う。人間ではないということだ。
超能力は使える。エスパータイプだからな。気付かなかったか?」
「エスパータイプ? なに?よくわかんないんだけど……」
「エスパーはポケモンのタイプの一種だ。これはそれほど珍しいものでもないはずだが」
「ポケモン?……ゴメン、君の話じゃなかったっけ?ゲームの話?」
「なぜそこでゲームが出てくる。わたしの話だろう?
わたしがエスパータイプのポケモンだということだ。わかるか?」
「え…、つまり、君が、ポケモン……?」
「そうだ」
「……」
―― わからない。全然わからない。
恐る恐る聞いた確認はあっさりと否定されずに返されてしまった。
彼はエスパータイプのポケモンだという。どう見ても人間にしか見えない、その身のことを。
わからない。わかるはずがない。
「……」
「……」
「……いやいや、冗談キツいから」
たっぷりと間を取った後、そう言っては顔の前で2回ほど手を振った。
今度は少年の眉間にくしゃりと皺が寄った。釣り上った眉は怒りを表していた。
整った顔がそんな状態になるのは実に勿体ないことである。
「冗談ではない。見ろ」
少年はスッとソファから立ち上がった。
そしてその場から音もなく一瞬にして姿が、消えた。
「……なっ、――」
驚きのあまりはソファから立ち上がった。
瞬きをする。そしてタネと仕掛けを探さんとばかりによくよく目を凝らした。
彼は、いなくなったのではなかった。
少年がいた場所にはネズミくらいの大きさの黒い何かが空中に浮かんでいた。
丁度の目線と同じ高さに、ふわりと浮かぶそれ。
「―― にぃ!?」
色こそ違ったが、それはまさしくゲームやアニメにおいてポケモンと呼ばれる生き物。
そして初代において伝説といわれたそれだった。
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