マジョリティに抗する程の勇気もなかった自分(前編)

(世界は一つだと、ずっとそう思っていたのに)




「オイ、今からイタリア行け」
「…は?何言ってんの?バカ? 無理に決まってんじゃん」

さぁ学校に行こうと、家を出た瞬間にそんなことを言われ、
遅刻ギリギリの時間だということもあってキツい言い方をしてしまった。
断られるのは予想内だったとしても、の返答の仕方は確実に予想外だったのだろう。
半透明の誰かさんの眉間のしわはいつもよりかなり多く刻まれた。








家に帰宅し、朝のことをちょっとばかし反省した
半分キレ気味だったのは良くなかったと思い、ザンザスにイタリアに行くのは100%無理だが、
突然そんなことをいうなんてどうかしたのかと聞いた。
初めは別にどうもしない、の一点張りだった彼は、途中からネットで検索しろと言ってきた。
のどうもしなくないんじゃんというツッコミはスルーされた)

しかし、出会った頃はそれがパソコンだと信じなかった奴がよく言う。
パソコンはもっと分厚く、大きかった。
最近の科学は急激に進歩を続けているんですよお兄さん。
確かそんな会話をした気がする。

何を、と問うたに、ボンゴレファミリーと答えるザンザス。
それは少し前に聞いていたザンザスの所属するマフィアの名前だった。
クーデターを起こしたとか後継ぎがどうのとか、そんな内情もちらりと聞いたが、とにかく調べろと彼は言う。

出会った頃であれば、イタリアへ行くことを強制のように言ってきただろう。
(それにが従うかどうかは別として、だ)
そして誰が何を言おうが、自らの意思を変更しようとは絶対にしなかったはずだ。
しかし今、それをネットで調べるということに譲歩したザンザスは、と共に過ごしたことで少しずつ変わってきている。
本人たちはその流れの中心にいるために気付いていないが。
はパソコンを立ちあげながらザンザスに言った。


「調べるのはいいけど、その理由くらい教えてよ」
「……何かあってからじゃ、遅ぇからな」


一体“何”があるというのか。は首を傾げた。




ヴーン
パソコンが無事起動した。ネットを開いて検索開始。
ボンゴレファミリー、とカタカナで入力し、カチリとボタンを押す。

「……出ない」

が後ろを振り返ってザンザスを見れば、彼はファミリーを抜かしてもう一度やれとの指示を出す。
言われるがままにはボンゴレ、と検索する。
今度は出た。成功である。

たくさんのレシピのページがわさわさと。


「……ボンゴレスパゲティの作り方、だって」
「……マフィア関連はねぇのかよ」
「……ない、みたいです。料理ばっかり」


続いて色々とやり方を変え、キーワードを変え、検索しまくったが一向に目当てのものが出ない。
ボンゴレとやらが所有するカジノの名前も調べた。
イタリアの検索サイトにも行った(ザンザスが翻訳した)が、やはりないらしい。
そもそもマフィアなんて裏社会のことがネットにあるのか。
ザンザスはその問いにボンゴレはでかい組織だからあるとキッパリ言った。
しかしそれ以降も散々探したが、結局見つからなかった。


「…やっぱりないよ。ホントにその名前なの?あさり家族って」
「あさり家族じゃねぇよ。ボンゴレファミリーだ」
「だからあさり家族じゃん。
 …まぁなんでもいいけど、検索しても出ないよ。そのバリアー?も」
「ボンゴレだっつってんだろ。それにヴァリアーだ。
 ヴァ、の発音がなってねぇな。とにかくしっかり探せ」
「(ヴァ、って。そこだけわざわざ発音してくれるんだな)探しましたー。でも出ないんですー。
 つーか何度やっても喰いもんしか出ねぇよ。もういい加減飽きた」


後半の口調がまるで朝のようにキレ気味である。
何時間もずっとパソコンに向かって座っていたは大きな伸びをした。
ケツが痛いだの指が攣るだのは言ったが、ザンザスはそれにコメントをしなかった。


「……だったらこっちだ。お前の携帯で俺が言う番号に電話掛けろ」


彼は机の上に置いてある現代の便利な文明器具を指差した。
激しく嫌そうな、それでいてめんどくさそうな顔をしたをザンザスは見ない振りだ。


「よいしょっと」


ゆっくりとした動作で、しぶしぶは自分の携帯を手に取った。
しかしすぐに素直に電話を掛けるわけではない。
彼の目は早くやれと物語っているが、の目はやりたくねぇなーと物語っていた。

「私の記憶が確かなら、前にその番号繋がらなかったって言ってなかったっけ?」
「俺がこんな状態だからだろ。お前がやれば繋がる」

は希望に充ち溢れるザンザスから目を背けた。
そうなのだ。以前、ザンザスは己の奇遇を話す際、かけた電話が繋がらないと言ったのだ。
幽霊なのに電話とはどういうことかよくわからなかったが、とにかく繋がらないならそうなのだろう。
そこで諦めろよ。今はその言葉を黙って飲み込むことにする。


「何その根拠のない自信。
 ……違うと思うなぁ。きっと私が掛けても繋がらないだろうなぁ」


遠くを見てぼやいていたが、ザンザスが許さないとばかりに現実に引き戻した。


「いいからやれ。早く掛けろ」
「掛けて下さいでしょ。少しくらい頼めよ。マジ腹立つんだけど」




お客様のお掛けになった電話番号は、現在使われておりません。
番号をお確かめになって、もう一度お掛け直し下さい。

いかにも単調に出来た女の声が電話の向こうから聞こえる。
ザンザスが告げた十数個の中の、最後の電話番号だった。

ピッ
人差指で電源ボタンを一押し。電話を切った。


「…………」
「…………」


二人の間に微妙な空気が流れ、無言まま数分が経過した。


「……やっぱり繋がらないじゃん」
「……あのカスどもは何やってやがる」
「電話掛けまくってあげた私に感謝の言葉はないのかコラ」
「ない」
「もっぺん死ね」


何処にも繋がらなかった携帯をぽーんとベットに投げる。
ぽすん、という軽い音がしたので、壊れてはいないはずだ。
連絡手段がゼロなのと、に死ねなどと言われたショックでザンザスは軽く落ち込む。


「……でもこんなに電話たくさんあんのに、一斉に繋がらないなんてちょっと考えられないね
 (だからそんなに落ち込むなよ。きっと電話会社の故障かなんかだって)」


無言で俯くザンザスに、は無難そうな言葉をかける。
触れたり触れられたりすることの出来ない二人を関係付けるのは、もはや声に出した言葉でしかない。


「ボンゴレの力をもってすれば出来る (余計な手間掛けさせて悪かったな)」


悲しかな。
お互い心の中の言葉を言わないが為に、相手への思いやりが何一つ伝わらない。


「…………」
「…………」


直接的には到底言えないので、遠回しにしたのだが少々遠回しすぎた。
どちらも不器用だとしか言いようがない。
むしろ何やってんだアンタら。(うるさい(うっせぇ)な)


「…………」


慰めのつもりが、まるで常識だといわんばかりに返答されてしまいイライラした
ケッと吐き捨てるようにザンザスに喰ってかかる。


「電波が届かないとかじゃなくて、そんな番号存在しないって言われちゃったんだよ?
 これ、ホントに番号合ってんの?」
「あ゛ぁ?俺がこれまで実際使ってたんだぞ。
 第一、本部にかけて出ねぇことなんてありえねぇ」
「んなこと言われても繋がらないのは事実だしー」


が口を尖らせてそう言えば、低い声でありえない疑いをかけられた。


「……まさかその携帯改造してんじゃねぇだろうな」
「(何言っちゃってんの!?)そんな技術は生憎と持ち合わせておりません」


嫌味とばかりに丁寧に返答すると、今度は音量最大。


「だったら何で繋がらねぇんだ!!」
「逆ギレ!?(私に聞くな!怒鳴るな!知らんわ!)」



 >>