君がいなけりゃ、の意味もない(前編)

(オレがこの手でお前を守れる日が、来るのだろうか)







別にイギリス風紳士でフェミニストでもなく。
空手や柔道で功績を上げてきたわけでもなく。
昔から携わっているといえば、弓道と馬術くらいですが。
日常生活および護身には、あまり役立ちませんね。


何か問題事が起こるのは決まって学校帰りだったりする。
例えばザンザスとが出会ったのもそうだし(問題じゃねぇだろコレは!)(…大問題だよ)、
後々の中で人生の事件記録に刻まれるであろう、今日のこともそうだ。


――週末限定よ。今日から日曜日までの三日間だけだって!

確か母がそう言っていようなた気がする。聞き流していたバーゲン情報。
の通学路である商店街は、見事に人ゴミで溢れかえっていた。


(……すご、)


それは車の通行を規制するほどである。
歩行者天国とは、まさにこのこと。稀に自転車の人もいるが。
とにかく見渡す限り人、人、人だった。
これではどう掻き分けて歩いても、普段の倍以上時間がかかってしまうに違いない。

ならば大通りを通らずとも、裏道を行けばいい。
そう考えるのは普通の判断だろう。
横を歩くザンザスを見上げれば、クイと顎で後ろを指された。
どうやら同じ考えのようだ。
無言でコクリと頷き、回れ右。
少し歩けば、煩かったざわめきは小さくなっていった。

裏道はよく通る。
河原のそばの太陽がよく見える道で、のお気に入りだった。
実は彼に出会ったのも、裏道帰宅の途中で。
周りが工場な故、どこか薄暗い雰囲気があるものの、最低限の人通りはある。
暴行事件があったとか不良の溜まり場とか、そんな怖いところではなかった。


「うーん、明日買い物に付き合わされるに一票」
「どうせ暇なんだろ」
「ゴロゴロしなきゃいけないという予定でいっぱいです」
「いつだってそうしてるじゃねぇか」
「シャキシャキしてるよ、いつも」
「嘘言え」


出来るだけ小さな声で会話をする。
人なんて数えるにも値しないほど、少人数しか歩いていないが念には念を。
考えてみれば、外でもこうして会話が出来るので、ザンザスも好んでいる道だった。
横で沈んで行く太陽が、眩しいほどに目を刺激した。

平和だな、と思った。
その考えは次の瞬間どこかへ吹き飛ばされた。


「止めてください!」


必死な様子の女性の声だった。まだ幼さが残る声。
なんだ?は声のした方向を見た。

工場地帯の少し奥の方で、女の子が数人の男に囲まれている様子が映る。

(あの制服って……)

単体対複数。何やら怪しげな様子だった。どう見ても恐喝の類だろう。
だがそれだけなら、は早まった行動はしなかった。
きっと冷静さを保っていれたはずだ。
携帯を出し、警察を呼ぶことだって出来た。
しかし、――

バキッ!

強めの音と共に、女の子の身体が横へ飛んだ。
それを見ては目を見開く。
女の子が着ていた制服が自分の出身中学だということもあって、何も考えず駆け出した。


「っ、オイ!」


急に走り出したに、ザンザスは制止の声をかけるが、は聞いちゃいなかった。







「大丈夫?!」

地面に倒れた女の子に近づけば、その頬が真っ赤に腫れているのが嫌でもわかる。
あの音といい、これは殴られたか、叩かれたかの痕に間違いない。


「…だ、誰…?」
「ぁんだテメェは!」


女の子が呟くのをかき消すように、男が声を上げた。
人数は四人。外見からも口調からも、そして行動からも、優しそうな男は一人もいない。
四人は見下すようにを見てくる。
は女の子を庇うように立ちはだかった。

女と男。の身長が平均より少し高いとはいえ、それは女の中での話。
どうしても彼らを見上げるような形になってしまうのだった。
そのため、威圧感というべきか、感じるオーラが怖い。
しかもこんな状況は生まれて初めてだ。

膝が己を嘲るかのように笑う。
プルプルと震えているのがわかった。
こんな中で幸いなのは、男共とザンザスと比べれば…、ということだろうか。

いくら膝が震えようとも、足が動かないことはなさそうだし、
怖くて声がでないとか気絶しそうだとか、そんなことはなかった。
日頃から誰かさんと一緒にいて、度胸だけは鍛えられたらしい。
ザンザスからすれば、元から度胸もあり胆も坐っていてプライドも高いというのだろうが。


「何も考えずに突っ走るからだ」
「…うっさい」


隣で静かにの行動を批判するザンザス。
小さな声で、出来るだけ口を動かさないようには眉を顰める。
いつもと立場がまるで逆だ。


「だが警察は呼ばなくて正解だな。連中は後が面倒だ」
「とりあえず呼んでおいても損はない気がするけどね…」


警察のイメージとしてはとりあえず庶民の味方、である。
マフィア云々のザンザスからすれば邪魔なだけなのかもしれないが。
残念ながらは庶民だ。一般人だ。警察の助けも欲しくはなる。


「…戦(や)りあうしかねぇみてぇだな」


ザンザスは不敵に笑う。にそんな余裕はない。
だが確かに状況からして、逃げるという選択は些か難しそうだ。
の内心の冷や汗も掻き尽すというもの。
男共が何か言っているようだが、さっぱり耳に入ってこない。


「用意しろ。俺の言う通りに動け」
「…今初めてザンザスが頼りになるって思った」


が感謝と強がりでを込めてそう言えば、ザンザスは顔を顰めた。


「死ね!」


男の一人が言ったそれが戦いの合図だったようだ。
一斉に拳を使って殴りかかってくる。


「しゃがめ!前に移動しろ!」


その内の誰かに殴られるよりも早く、はサッと体制を低くした。
一瞬前まで顔があった位置に男の拳が繰り出される。
男と男の隙間からザンザスの助言に従い前方へ動き、立ち上がる。
攻撃を避けられた男が振り返った。


「後ろへ下がれ!」


タタンッという軽い音ではバックステップする。
男の蹴りを避けることに成功した。
ホッとするのもつかの間、ザンザスの声が鼓膜に響いた。


「来るぞ!」


別な男が素手ではなく、鉄パイプのを持ち出していた。
の頬が引き攣る。体が固まったように止まる。
男は鉄パイプを大きく振り上げた。


「右だ!」


ハッとなって右へ飛び退く。心臓が止まりそうだった。
間一髪、危なかったというところだ。
ザンザス。何とも心強いある意味最強の味方である。
横を見れば振り下ろされた鉄パイプがそこにあった。ゾッとした。
は顔を上げる。残りの男共は指の骨をボキボキ鳴らした。


「…叩き落とせればいいんだがな…」


ザンザスが不可能な名案を呟いた。
無理だ。心の中で反論する。しかし、出来るならそうしたい。


「オレらに勝てると思ってんなよ…?」


パイプを持った男のが勝ち誇った笑みを浮かべた。
軽くそれにイラッとしただが、今は何も言わぬが花である。
ザンザスの言うように、少なくとも武器を取らなければ、おそらく負ける。


「……(負けたくない)」


覚悟を決め腹を括った。例えボコされてもいい。
攻撃もとい、反撃ををするべきだ。
がザンザスにも聞こえない声で呟いた。


「…絶対勝つ…」

「やっちまぇええ!」


猪突猛進の男共が再び突っ込んできた。
型もなく適当に振り回されるパイプと拳の嵐。
ザンザスの右だ左だの声に合わせそれを抜ける。
が、慣れない動きに足がもつれ、ガクンと体勢が傾いた。


「喰らえ!」


男の声と同時に鉄パイプがに迫った。
思わず息を飲む。ザンザスが声を荒げた。


「っ!?」
「避けんな!止めろ!」

ガッ

「いっ…!!」


向けられた鉄パイプが、咄嗟に防ごうとしたの腕に直撃。
それを見てギリ、と憎々そうに歯ぎしりをするザンザス。
は思った以上の痛みで顔を顰めるも、逆の手でパシッとパイプ掴む。
そしてそのままパイプを自分の方に引くと同時に、男の腹部に蹴りをかました。

ゴッ

男がパイプを握ったままだったので、深く攻撃が入る。


「、ぅぐっ…!」


男が痛みに膝を折り、その場に崩れ落ちた。
その手からパイプを奪い取り、腕をの様子を見る。


「…大丈夫か」
「…まぁ、それなりに」


すでに青く赤く、痣のようなものが出来上がっていた。
折れていないことにホッとしたが、これでは片腕があまり使い物にならない。
少し動かしただけで痛みが走ったからだ。
逃げた方が得策か?頭の片隅に置いてあった考えを引っ張り出す。
だが、逃げるにも追いつかれそうだ。

……だったらもういっそのこと、とことん戦ってやろう。

ゆらりとの体が体勢を立て直す。
実は元々気が長くはない
ザンザスと一緒にいることによって更に色々影響されたようだ。
好戦的。女の子にしては意外と危ない要素である。

一番手が倒され呆気にとられていた残り三人が、我に返りに襲いかかった。
は手にした戦利品を三人に向けて構える。
ザンザスも酷く真剣な表情で、敵と分類された三人を見据えた。




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