君には一生敵わないのだろうと、

喜びによく似た諦めで、笑ってしまった(前編)

(穏やかすぎる永遠の敗北が、ここに決定した)







「んー……今日も頑張った一日だった」
「あれで頑張ってるのか」


パジャマ姿で伸びをするの台詞に、ザンザスは思わず突っ込みを入れる。
唯一頑張っていたのは、母親に頼まれた買い物(八百屋でキュウリを3本とキャベツ1つ)においての値切り行為ではないのかと思う。
「ちっとも高くないのだからそのまま買え」とは、不況を知らずの御曹司だからこそ出る台詞。
しかしそんなことを言ったら最後、が般若になるのはわかっているので口はチャックで閉じるに限る。


「おうとも!なんてったって、英語の時間少ししか寝なかったからね!」


全然威張れることではない。


「他の連中は全員起きていたようだったがな」
「皆は目を開けたまま寝るという高度な技術を持っているのだよ」


そんなことがあってたまるか。


「真面目に発言してた奴もいたぞ」
「それはきっと寝言だな」


教師の質問に的確に答える寝言などひらすら気味が悪い。

ザンザスがもうダメだこいつ的な顔をしたが、は無視をしてベッドに入っていった。
布団を肩が隠れるようにかけてザンザスを見る。

「おやすみー」
「ああ」

このやり取りはもはや就寝前の恒例となってた。
生活の基本は挨拶からだと言い張るに、そんなもんなのかと納得したのは他でもないザンザスである。
ちなみに彼は以外に挨拶をする気も返す気も全くない。


「……早く寝ろ」
「む、……寝るけどさ」


おやすみと言ったにも関わらず、ザンザスをじっと見つめていた
気まずいやら恥ずかしいやらで困った顔をするザンザス。
そんな彼に手で払うような動作をされ、は口を尖らせつつ目を閉じた。

訪れる暗闇の世界は、同時に眠気を呼び覚ます。
意識が沈んでいくのが自分でもわかった。




どのくらい眠ったのか。それはわからない。
は明るい光を浴びて、ゆっくり目を開いた。

そこは真っ白な世界だった。
辺りを見回してもただただ真っ白。そして何もないのだ。
目を閉じた世界が暗黒と呼ばれるならば、ここは明白とでもいうべきなのかもしれない。色合い的な意味で。

あぁ、夢を見ているんだ。
はそう思った。
頬を抓ったりしてみても良いが、果たして夢は本当に痛みを感じないものかどうかよくわからなかった為、やめておいた。

非現実的世界には以外にもう一人、人物がいた。
遠くに見えるそのシルエットは紛れもなくザンザスである。
周りがすべて白いからなのか、彼の姿はいつもと違って透けてはおらずしっかりと質量を持っているようだった。


「ザンザス?」


離れたところに立ちすくむ彼にゆっくり近づく。
ザンザスはに名を呼ばれて初めて、こちらを向いた。

?」

何が起こっているかわからない、といった顔だ。
声も多少焦っているように感じる。
もちろんも何が起こっているかなどわからない。
しかし「なるようになるだろう」という変な確信があった。
冷静なようだが、諦め半分といっても過言ではない。

動かないザンザスにが一方的に近付き、二人の距離は狭まった。
手を少し伸ばせば簡単に触れ合えるだろう、そんな距離。


「何、ここ」
「知るか」


一応、会話をしてみる。
こんなにも自由に意志通りに動ける夢を見るのは初めてかもしれない。


「夢かな」


それ以外はありえないといったニュアンスで呟く。


「……オレの夢か」
「え、私の夢じゃないの?」


日頃から眠らないと公言していたザンザスの台詞ではない。
まさかのザンザスの台詞には驚く。


「……本人にそっくりな夢の住人だな、てめぇは」


それはこっちの言葉である。
このザンザスはの夢の中の人物。
つまりはの頭が生み出したはずなのに、まるで本当に本人と話しているような感覚に襲われる。


「ふむ、私の頭は意外と日頃のザンザスをしっかり認識してるらしい。君こそザンザスにそっくりだ」


がてくてく歩き出す。ザンザスも無言でその横に続いた。
二人は歩く。歩く。
ここはどこまでいってもずっと白い世界だった。
そんな中、下に何もないにも関わらず、がつまずいた。
来る衝撃を予想し、ぎゅっと目をつむる。

トッ

想定外の優しい衝撃に、はおかしいと目を開く。
ニュートンの法則に逆らって、地に伏せるはずの体は途中で傾いたまま止まっていた。
ザンザスの腕に支えられて。


「……ご、ごめん」
「……いや、…」


触れたザンザスの腕は見た目以上にがっしりとしていた。
幽霊に触れるなど、現実ではありえなかったことだ。


「夢、だな……」
「夢、だねぇ……」


互いに確認しあって、顔を見合わせた。
ザンザスの赤い瞳がとても綺麗だと思った。
一瞬止まったにザンザスがどうしたと訪ねるが、苦笑いで誤魔化して体勢を元に戻す。離れた体温が少しもの寂しかった。
夢だというのにこのリアルさ。

ああ、しかし。
これが自分の夢ならば。
もう少しわがままをしても許されるだろうか。


「……」


隣にいるザンザスの手をそっと取る。
手のひらを合わせて握った。――手を繋いだのである。


「夢の中でぐらい、いいよね?」
「……あぁ、悪くねぇ」


念のため確認を取ったら、ザンザスは穏やかな笑みを浮かべた。
初めて見る表情だった。
思わず見とれていると、繋いだ手をぐいと引っ張られた。
その力に従ってはザンザスへ倒れ込む。
そしてするりと繋いでいた手を離され、先ほど助けられた腕の中に閉じこめられた。


「夢の中でぐらい、いいだろ」
「……まぁ、悪くないよ」


恥ずかしいような気もするが、それよりも嬉しさが勝っているようだ。
は静かにザンザスの肩に顔を寄せ、彼の背にそっと手を回す。
そして自分の体重を少しザンザスに預けた。
ザンザスの腕の力がその分だけ強まる。
久しく味わっていなかった抱きしめられるという愛情表現に、なんだか涙が出そうだった。
満たされる心と感じる体温がとても温かい。




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