それは輪廻の落とし穴の如く

わざわざ客用の布団などを敷いている余裕がない。
できればもう5、6本くらい腕があって欲しかった。
少年はとほぼ同じくらいの身長である。
気を抜くと少年の体がべしゃりと崩れ、その膝が地面についてしまう。
玄関で自分の靴はかろうじで脱げたが、少年の靴まで脱がしてはいられなかった。

半ば引きずるようにしてリビングにまで運び、ソファに寝かす。
きっちり横にすると少年の足がソファから少しはみ出た。
仕方がない。所詮これは座るためのソファなのだ。

彼の靴を脱がし、何か掛けるものが必要だろうと、タオルケットを持ってきた。
足と上半身が隠れるようにしてかける。
青白い顔で眉間に皺を寄せたまま、彼はおそらく無意識だろうが、掛けたタオルケットを掴んだ。

「……はぁ」

起きてからまだそんなに時間が経っていないというのに、この疲労感はなんだろうか。
すでにくたくたである。

身元不明の見知らぬ少年を、まさか家に連れ込むとは。

はこれまで、面倒だからという理由で色々な問題事から逃げて来た。
深く関わって良い結果が出た試しがない。
結局、何かを得れば何かを失うことになる。学んだことはそれだけだ。
だがその問題事を自らがその手で運んできてしまったとなればもう逃げる道もない。
最初の冷血だと思えた自分は一体何処へ行ったのだろう。
つまるところ、自分はまだまだ甘いのか。他人を助けてしまうほどに。

いや、違う。あんなところで倒れていた少年が悪い。
いっそのこと責任転嫁でもしようかとその問題事の人物を見た。
ソファから出た足がぴくぴくと動いている。その動きでずれてしまったタオルケットをかけ直した。
少年の顔色は先ほどよりは良くなったかのように思える。

彼はどこから来たのだろう。家出でもしてきたのだろうか。
親は心配していないだろうか。捜索願は出てないだろうか。
まさか自分が誘拐犯だなんてことにはならないだろう。
そんな変な勘繰りばかりしてしまう。困った。
とりあえず、この少年が早く目覚めてくれれば良い。




少年が目覚めたのは、昼になってからだった。
がばたばたと食事の支度を始めた頃、もぞりとその体は動いた。
はた、と合う視線。お互いにしばらく固まった。
そして身を起こした少年が問う。

「……ここは、どこだ?」

少年はきょろきょろと周りを見渡し、ソファから降りようとする。
はまだ寝ていた方がいいと制止した。

「私の家。……具合はどう?」
「……問題ない」
「そ、なら良かったね」

にこりと笑って少年から自分の手元へ目を移す。
食事を作る手を動かしながら、これまでの流れを簡単に説明した。

「君ね、あの後意識不明になっちゃったから、家に運び込んだの。
 救急車呼ぶほどじゃないかなーって思って。
 大丈夫そうなら家に電話とかした方がいいよ。家族の人、心配してるんじゃない?」
「……」

少年は何も答えなかった。
もしかしたらタブーだったかもしれない。怒らせたのかもしれない。
だがそれをあえて詮索する必要もないだろうと、はそれ以上尋ねなかった。

再び訪れる静寂。気まずい空気にが何か話題はないかと頭を捻った。
少年の腹が空であることを告げる音が聞こえる。

「……お昼作ったけど、食べる?」
「……何か入れたのか?」
「ほうれん草とかネギとか入ったうどんです」
「……もらう」
「ん、じゃあそっち運ぶから」

少年の肯定に、は珍しく一人ではない食事をすることになった。




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